DUNLOP Racing Team with YAHAGI インサイドストーリー4


松並俊行
住友ゴム工業株式会社 タイヤ事業本部 技術本部 第二技術部 部長

そもそも7C藤沢雄一さんからこのプロジェクトの話があったのは、どれくらいのタイミングだったのだろうか。
「去年の鈴鹿8耐レースウイークの少し前くらいだったと思います」
2019年までは全日本JSB1000クラスでもスリックタイヤの開発を行っていたがそれ以降、ST1000クラス用タイヤ開発のための参戦はしていても、JSB専用タイヤの開発のためのレース参戦はしていない。
「ST1000クラスを全日本に新たなカテゴリーとしてスタートしたのが2020年です。その少し前からST1000クラスの話が出て、我々としては近い将来、全日本のメインカテゴリーがST1000クラスになるのではないかと考えたのです。JSB1000クラスへのファクトリーチーム参戦も減り、全体的なエントリー台数も減少していましたよね。コストの問題も指摘されていましたし、時代的にはST1000クラスへ移行していく流れになるだろうと踏んで、開発の主軸をそちらへ持って行ったのです。ですが、現実にはそうした動きがなく、JSB1000クラスがトップカテゴリーとなっている。それと社内的な話になりますが、現在の社長である山本(悟)が2019年に就任しました。山本は長く営業畑の人間としてレースの企画などにも関わった経験を持つ人間で、ダンロップがグランプリで活躍していた30年前、40年前を知っているので、二輪のロードレースでトップカテゴリーに自分たちがいないのは良くないだろう、という話もありました。とは言え、その時点で我々としては、全日本のトップカテゴリーがST1000へ移行するだろうから、そこへ向けた準備をしていたので、とにかくまずは目の前の開発に集中しよう、と考えたわけです。とは言え、我々技術者の本音としては、トップカテゴリーへの挑戦はしたい。モヤモヤした気持ちが、我々技術スタッフの中にあったのは事実です」
そこへ、7C藤沢さんからのオファーがあった。
「とは言え、会社の事情というものもあります。我々の持つリソースをどう動かすか、タイミングというものがありますよね。正直言うと、JSB1000クラスへのチャレンジは2025年くらいを想定していました。だから、藤沢さんからの依頼が1年早かったのです。こちらの事情としては、2025年からにしたかった。でも、プロジェクトの柱となる長島選手を起用できるタイミングは今しかないと藤沢さんに言われ、なんとか社内調整をして前倒しでの参戦となりました。そのために準備時間が足りず、本来であればきちんとした発表会もやるべきだったのですが、実情はそれどころではありませんでした」
やはり核となるライダーの存在は、大きかった。
「ライダーは超一流ですし、チームもJSB1000クラス参戦経験はありませんが、実績は十分ですから、実力的には十分戦えるだろうと考え、オファーを受けることになりました」


JSB1000クラスでチャンピオン獲得をねらうというのは、技術的にも相当高いハードルだ。
「JSB1000クラスで勝利し、タイトル獲得を目指すというのは大きな目標ですが、我々としてはその先に、そのチャンピオン獲得タイヤを市販化し、多くのJSB1000クラスのライダーにも使ってもらいたいとも考えています。長島選手に良い結果を出してもらえるようなタイヤ開発を行い、高いパフォーマンスを発揮するタイヤができたら、さらにJSB1000クラスだけではなく、ST1000クラス用にも、我々住友ダンロップが直接サポートを行っているアメリカのモトアメリカのシリーズへも供給していきたい。そういう幅広い展開をするための先行開発的位置付けとも考えています。実際の開発作業の話でいくと、コンピュータを使ったシミュレーション技術が大きく進んでいます。様々な測定機器を使いながら、パソコン上でシミュレーションを行い、細かい解析ができるようになっています。当然、実際に走行したライダーのコメントを重視し、それに対しての解析もしていきますが、走行時間は物理的な制限もあるので、シミュレーション技術がそこでも生きてくるわけです。レースを戦う上で、言うまでもないですがライバルは強力です。でも、ダンロップの技術によってそれをクリアしなければ、一般ユーザーにも我々の技術の高さは認めてもらえないでしょうし、まずは差を詰め、勝ったり負けたりというイーブンなところへ持って行きたいですね」

開幕戦から第2戦までのタイヤ開発の流れを見ていると、まずはアジア選手権や全日本ST1000クラス用に開発しているタイヤをベースに、プラスアルファの要素を加えている印象がある。
「現状の自分たちの技術の確認という意味からも、スタートはアジア選手権や全日本ST1000用に開発しているタイヤをベースにしています。

近年はタイヤの内圧を従来では考えられないくらい低く使うなど、車両の進化に伴い、タイヤの技術も大きく変わっている印象がある。
「そこは当然ベースになるのですが、ワンメイク用タイヤの開発は、2年、3年先にアップデートしていくイメージで開発を進めています。国内のST1000用としては地方選もありますから、かなりの量を作らなければいけないという制約の中で開発しているのですが、JSB1000の場合は4年先、5年先を見据えたような材料を作っていこうという考え方を持っています。イメージ的には2世代先ぐらいのタイヤを開発するような感覚で行っているので、そういうところでの制約を取払い、まずは技術として確立させたいと考えています。ですから、極端な言い方をすれば手作りするようなタイヤも投入しながら、それがよければ市販へ反映できるような体制に持って行きたいですね」


最新のレーシングスリックタイヤは、ゴムというよりもプラスチック的なイメージで作られており、地面に落とすと割れてしまうような硬さを感じる。
「特殊な材料を使いますので、そうした硬いイメージを持たれると思います。高いグリップとタフネスを両立させようとすると、非常に対応する温度レンジが狭くなっていきます。だから我々としては、温度域をもう少し広げ、ワイドレンジで使いたいと考えています。難しいですが、でもその難しい課題をクリアするのが技術だと考えていますので。幅広い温度レンジで使えれば、レースに向けても悩む要素が減りますし、レースの中でアドバンテージになっていきます」

長島選手インタビューの中にも出てきたが、2000年前半まで国内外のロードレースシーン中心にダンロップタイヤが存在していた。その後、Moto2、Moto3クラスへのタイヤ供給を行ってきてはいたが、国内外のトップカテゴリーでの存在は、残念ながら影が薄くなってしまった印象がある。そこには一体、どういう理由があったのだろうか。
「一つの理由として、ダンロップと言いながら90年代後半から2000年に入ったころにほかの資本、例えばグッドイヤーが入ってきたりという大きな動きがありその結果、ヨーロッパ、アメリカ、日本を含めたアジアと、それぞれ独立して動くような形になったのですね。そのために、各地域ごとでのベストと考えられることをやっていこう、となったわけです、そのために、世界選手権的なレースでの活動が少しずつ少なくなり、それでもMoto2、Moto3というカテゴリーはUKダンロップと住友ダンロップでやっていたわけですが、いろんな理由から契約更新時期だった昨年で契約終了になりました。我々としても、先ほど言ったように技術的なアピールもしなければいけません。そうしたタイミングに、7Cの藤沢さんからのオファーだったので、ヘッドアップするタイミングだという思いで、このプロジェクトをスタートさせたのです」

開幕戦ではポールポジションを獲得し、レースでは4位。第2戦も6位と、順調な滑り出しといえる。
「アジア選手権、そして全日本ST1000用タイヤの開発をしている中で、そこはワンメイクレースなので、他社のレベルと比べて自分たちの作っているものがどのあたりにいるのか、正直わかりませんでした。その中で今回、鈴鹿の開幕戦でポールポジションが獲れましたが、あればほとんど市販用タイヤと言える、今年のアジア選手権用として開発してきたタイヤだったわけです。そうした結果が目に見えて出るということは我々にとって、非常にモチベーションが高くなりました。特に若手のエンジニアたちは今までそうした経験をしたことがなかったので、良い刺激になりましたね。レースではトップから離されてしまいましたが、それでももうちょっと頑張れば手が届くのではないかと感じられたのは非常に大きな成果であり、次にもっとこういうふうに上げていこうという具体的な方向性が見えたのも収穫ですね。」


次は全日本の前半戦ラスト、ダンロップとしてのチャレンジ3戦目となる。
「社内的にも、開幕戦で長島選手とチームの頑張りがあり、ポールポジションが獲れたのは大きな刺激となりました。住友ダンロップとして四輪のレースも戦っていますから、ゴムなどの材料面では情報交換していますし、工場の方も全面的にバックアップしてくれる体制になっていますので、前半戦のピークである第3戦SUGO大会へ向けて準備をしています」

インサイドストーリー3
https://dunlop-motorcycletyres.com/news/entry-31430.html

(インサイドストーリー5に続く)